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最近よくびっくりする原稿に出くわす。
雑誌原稿が1ヵ月半、書籍原稿が2~3ヶ月遅れることにはもう驚かないけれど、 さすがに2ページの原稿依頼を承諾した人が半ページしか書いてこないとびっくりする。 その割合は2%程度だが、 2ページの原稿依頼に対して1ページしか書いてこない人は10%ほどいる。 なんとなく埋めてはいるがごまかしているだけの人にいたっては半数以上だ。 私が原稿のお願いをしている人たちは、確かに物書きを仕事にはしていない。 先生という、きっと立派なお仕事を日々忙しく勤められている方々だ。 だから、物書きに求めるほどの、書くことへの責任を求めているつもりはない。 けれども承諾した以上は、 せめてスペースを埋める努力をするべきなのではないかと思ってしまう。 さすがにまいって、そしてあきれて、電話で問い合わせてみても、 「いやもうこれ以上は書けません。」と言い切る人もいる。 本当は、胸の内に秘めておかなくちゃいけないことだとは思うんだけど、 そういう、すかすかの原稿に私は加筆をしている。 その上で、えらい先生たちのチェックが入るけれども、 もともとの執筆者の原稿だろうが私の原稿だろうが、 えらい先生たちの指導の赤字は大して入らない。 本当は私が加筆するなんていけないことなんだけど、 かといって、すかすかの状態で「ご加筆ください」とお願いしてみても、 全く何も書かずに返してくるえらい先生もいる。 よくも平気だなぁと私は思う。 私だったら、まず大前提としてスペースを埋めた原稿を出すけれども、 もし仮に、すかすかの原稿を出していたとしたら、 本になったとき、自分の原稿に大幅な加筆がなされていたら、 恥ずかしくて、執筆者名に自分の名前を出さないでほしいとさえ思う。 それなのに、それが平気な先生がたくさんいる。 どういうふうに感じてらっしゃるんだろうか。 大学時代、先生がこんなことを言っていた。 「他の大学の学生はアンケートや感想をそれほど書かないのに、 この大学の学生は、びっしり埋めるか裏にまで書いてくるから、 読む方は確かに大変だけれどやりがいがある。」 こういう風土の中にいたから、こんなふうに感じるんだろうか。 一番やっかいなのは、調べなければいけないことを調べていない原稿だ。 読んでいて明らかに書かなければならないことを書いていない原稿がある。 執筆した人に問い合わせても「わからない」と言う。 私は図書館に調べに行く。 こういうことが、10点ぐらいなら別に平気なんだけれど、 100点以上になると、もう手のほどこしようがなくなって、途方に暮れる。 執筆者が多いと、こんな問題は日常となる。 150人ほどの執筆者、300以上の原稿をひとまとめに本にするには、 問題が多すぎる。 問題のない、安心できる原稿は3割程度しかない。 最近仕事の話は愚痴ばっかりだ。 なんとか明るい方向に考えたいけど、気持ちが荒んでるのかなぁ。
by lv_yuuchan_vl
| 2006-11-22 00:07
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