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人間には、「こだわり」というものがある。
もちろん、まったくない、という人間もいるだろう。 けれどもその「まったくない」もあやしいもので、 人は、「こだわり」に縛られて生きている。 「ない」ということも一つのこだわりだと思う。 最近「がんばらなくていいじゃない」という言説の胡散臭さを思う。 「がんばらない」ということをがんばっている人をたくさん見る。 「がんばらない」をがんばりだしたら、 結局はがんばりすぎているのと同じこと。 「ない」ということもまた逆説的。 障害とか、マイノリティとか、とても関心の高い人がいる。 彼らは「普通に」を強調する。 けれど、その強調自体がすでにもう「普通ではない」。 社会がノーマルになること、それが普通。 社会がノーマルという普通は、人によって描くところが違うのだろうけれど。 こだわりすぎて普通じゃなくなることもあるということ。 私にとっては、自然に生きていくことが幸福であり、 だとしたら、「こだわり」という縛りは、私に幸福をもたらしはしない。 自由にこだわることもまた不自由な生き方なのではないかと思う。 解き放ちたいのは、この精神をも含む身体だ。
by lv_yuuchan_vl
| 2006-07-31 08:28
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