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本ブログは2005年、編集者になる頃から、
2009年、編集者を辞める頃までのものです。 出版人として、ひいては人間としての私の生活を、 あるときは支え、あるときは鼓舞し、またあるときは省みさせてくれる、 ささやかで、それでいて安心できる私の居場所でした。 2年以上の月日を経て、 ようやく落ち着いて、ここに帰ってくることができました。 なんだかしんみりしています。 今読むと恥ずかしいことばかり書いているけれど、 社会人としての一歩を綴った大切な場所だなとあらためて感じました。 もう出版人ではありませんが、 もう少し、気の向くままに、綴っていこうかなと思います。 ブログタイトルは思いつかないので当面そのままで・・・。 (2012.1.23)
ほとんどアウトプットをしない生活が1年半ほどあった。
今振り返ればあっという間に過ぎていた。 そして何も残っていない。 きちんと、それなりに充実した毎日だったはず。 一生懸命、目の前のことを丁寧にこなしていた。 でも、何も残っていない気がする。 血となり肉となったものはたくさんあれど、 手に取ったり、見直したり、 そういうふうにできる具体的な何かは残っていない。 ここ半年、わずかではあるけれどアウトプットしている。 自分の中に沸き起こった感動や涙や憤り、おもしろさ。 そういったものを、周りの人や未来の自分と共有できるよう、 言葉を紡いでいる。 そうすると、私の中にある器の水が、 少しずつ少しずつなくなっていくような感覚になる。 それで不安にもなる。 私、からっぽになっちゃうって焦ってしまう。 枯渇を感じる。 そうして初めてインプットを欲する。 アウトプットのない生活では、インプットなんて考えもしなかった。 学生時代に蓄積されたものを今はアウトプットしている。 でもそのうち、水はからっぽになってしまう。 もっともっと、インプットにも心を砕かなくちゃ、と思う。 アウトプットとインプット。 何事もバランスなのかもしれない。
「出版人ではない」といいつつ、
実は現在、自称「フリーエディター」です。 フリーのほうはほとんど校正のお仕事なので「自称」です。 つけ加えると、校正よりも「センセイ」としてのお仕事のほうが多いです。 ずっと、ずーっと、障害のある子の教育と向き合ってきて、 ずっと、ずーっと、避けてきた「センセイ」の道を歩むことになりました。 障害のある子たちの学習にかかわる仕事をしています。 フィールドワークをして、 歴史の研究をして、 教育書をつくって、 実践する人になって。 残っているのは、運動家ぐらいでしょうか。 運動家になるとしたら、こういうことをしたい、というのはもう決まっていますが。 センセイになってもうすぐ2年です。 ようやく最近になって慣れて余裕が出てきました。 2年ぐらい一緒にいると、 子どもの成長が見えやすく、 それが喜びをくれるということも私にとって大きなことです。 こんな感じの社会人第二歩中です。
帚木蓬生『閉鎖病棟』(新潮社 1997)を読んだ。
裏表紙には「ある殺人事件から・・・」みたいな話が書いてあるけれど、 そんな場面は本の半分よりも後に出てくる。 それよりも大事なことは、前のこと。 本の前半という意味もあるが、そうじゃなくて、 「閉鎖病棟」に来る前のお話が、こちらを切なく苦しくさせる。 私は卒論の「はじめに」に以下のことを書いた。 障害を持っているとされる子どもたちと一緒にいると、私はたくさんの驚きや喜びや大変さを感じる。私は彼らといるのが好きだ。彼らといると、私はありのままの私でいいのだと思える。彼らはもしかしたら、知らないことやできないことが他の人よりもあるのかもしれない。しかし誰でも自分の無力さを感じることがあるように、それは人間として当然のことである。それが分かっていながら、彼らに差別的なまなざしを向けた自分が私は許せなかった。なぜ、そうなってしまうのだろうとこれまで何度も問うてきた。彼らは「彼ら」ではなく「私たち」であるはずなのに、「彼ら」となってしまうところに日本の分離教育体制が抱えている本質的な問題を垣間見ることができるのではないか。私は人々にとっての教育が、いずれ「私たちの教育」となることを心から願う。・・・ この「私たち」というのが、本書においてもキーワードのように思う。 重宗はいわゆる「悪役」なのだけれど、そんな重宗も含め、 みんな私たちなのだ。
どういう形であれ、
私は書くということを大切にしていきたい、 大切にしていかなければ、と思う。 いろいろと事情もあって、 このブログにアクセスすることは激減したけれど、 その分、 やっぱり書かずにはいられないことがたくさんあって、 あちこちに書きちらしてきた。 とはいえ、仕事とか、家庭とかを理由にして、 書く時間や量はかなり減ってしまった。 これからは、もっとちゃんと、 目的のある文章も書いていこうと思う。 ここをどれだけの人が、 温かく見守ってくださっているのかわかりませんが、 私はもうすぐ編集者ではなくなります。 いろいろな葛藤がありました。 その葛藤を、たくさんたくさん文字にしたのだけれど、 結局まとまりのないものになってしまったので、 非公開としました。 もうすでに「新人」と呼べる時期も過ぎてしまっており、 また、編集者でもなくなるということで、 このブログはおそらくあと数ヶ月で更新をストップします。 といっても、今日まで半年以上、放置してしまってましたが(笑)。 残り少ない編集者人生において、 出版人としての文章をできるだけ多く綴っていくことが、 私の仕事なのではないかと思っています。 それは、このブログに綴るということではなく、 つくった本を読んでくださる方々に届けるということです。 ゆくゆくは校正のプロとなって、 再び出版人として生きることができれば幸いです。
どうしようもなく
何もできない自分に憤慨する 私にとって そこが出発点なんだと思う だから 憤慨した時点で すでに走り出してしまっているのかもしれない あることに心乱され憤慨して 何とかせねばと鼻息を荒くして だけどどうすることもできない さて 本をつくることで世に問うていくか それとも研究という形で立ち向かっていくか あるいは ただそこに寄り添い同じ世界を一緒にみるか きっと何でもありなのだ 世の中には 納得のいかないことや憤慨すべきことが おそらく山ほどある 知りつくせぬほどある それなのに 私は久しぶりに 「何たることか」と思う出来事を目の当たりにした 出会ってしまった 私の心は その一点に奪われてしまった 私に何ができるのだろう どうしたら より多くの人が救われるのだろう 私のような人間にも できることがあるのだろうか
『良い支援?』を読んだ。
幸い、著者である寺本さんの話も聞けた。 寺本さんが何をやっている人なのか、 なんとなくしか自分は知らないというのはわかっていたけれど、 ここ数年で、こういうことをやっていたんだなーと、 これまたなんとなく知った。 私自身、社会人になって、関心事が少しずれた。 そしてずっと、「支援」への疑問を抱いてきた。 だから、本のタイトルを見て、関心ずばりだと思った。 本はとても読みやすく、おもしろかった。 運動色が強かったらきつくなって読めなかっただろうけど、 全体的にゆるやかで優しい空気に満ちていた。 でも、私の知りたい部分は、正直あまり書いていなかった。 その、知りたい部分というのが何なのか、 また、それが書いていないとはどういうことなのか、 まったく整理できていなくて、 結局私は何も意見を言えなかった。 「あとがき」で専門性について2ページほど書いてある。 専門性があるかないか、必要か必要でないかと問われれば、 たぶん、私の興味はここにある。 そう、専門性と「資格」は共存し得るけれども、 「資格」だけが存在していることが多々あるのだ。 その逆もまたしかりなのかもしれない。 本書全体を通して、うっすらとではあるが、 その専門性が何であるのかは伝ってくる。 そこここにちりばめられてはいる。 そして、たぶん伝えたかったことの一つでもあるのだと思う。 介助者と当事者の関係性の話にもつながってくる。 しかし「そこ」をどのように研究するのか、難しい。 将来、夫の両親と一緒に住むために、 介護の勉強をしたいと考えているけれども、その勉強と、 介護者の専門性について研究することは、 なんだか別のベクトルなのだ。 専門性というのは、 資格をとれば、勉強すれば、身につくというものではないし、 また、理解できる、というものでもない。 (専門性の定義については、こんなところでは考えないことにする。 かつ、もしかしたら寺本さんとは共有できていないかもしれない。) こういう話をすればよかったのかもしれないけれど、 ちょっと論点が違ったので、ここでひそかに書きました。 本当に久しぶりに皆さんにお会いできて、うれしかった。 人間的に好き、という感情を、 この会に教えてもらった気がします。
一冊ずつ、丁寧に。
一冊に思いを込めて。 私には私の道がある。 私の立ち位置がある。 私のやり方がある。 どんなに手間をかけようがかけまいが、 売れるものは売れるし、売れないものは売れない、 そう気づくにはまだ早いのだ。
大人になって一つわかったことがある。
涙の出ない悲しみがあるということ。 とても深い悲しみだったり、悲しみだけでは片づけられない何かであったり、 とにかく心がぼろぼろなのに、涙が出ない、あるいは涙とは違う何か。 それでも泣きたいと思ってしまう、よくわからない気持ち。 そんなときは、ドラマや映画を観たり、本を読んだりして泣く。 不思議だけれど、感情移入して泣きながら、悲しみも少しだけ癒える。 泣きどころではないところでも号泣できる。 こういう悲しみの癒やし方も、大人になって知った。 人は悲しみを乗り越えさせるものを、そこいらじゅうにちりばめて生きているようです。
悲しい場所に行った。
心が泣いていた。 あの日、まわりが何も見えていなくて、 あの日、すべてが輝いて見えて、 あの日はあっという間に過ぎていった。 けれど今、それが こわくて、よどんでいて、長く暗い道のりだと知った。 最後、どっと疲れて、 連れが話しかけているにもかかわらず、 しばらく放心状態だった。 この街は私をとてつもなく小さく弱くしてしまう。 私は勝っても負けてもいないのに、 どうしようもなく情けない気持ちに襲われた。
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